スペースシャワーミュージック
2017.10.20
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アルカラから大切なお知らせ

皆様にご心配をおかけしているG.田原和憲について、お知らせがあります。

既に体調不良というアナウンスをしご心配をおかけしておりましたが、9月下旬にライブのリハーサルを予定していたスタジオに現れず、そこから連絡が取れない状態が続いておりました。以後、様々な方法でコンタクトを試みたのですが会うことには至らず、その後ご家族を通じて10月上旬に活動を続けることが出来ないという意思表示を受けました。引き続き本人とのコンタクトを試みたのですが、結果それは叶いませんでした。
そしてアルカラメンバー同士で何度も話し合いを重ねた結果、今後の4人での活動は難しいという判断にいたりました。 
突然の出来事でメンバー、スタッフも動揺する中で、10月1日、10日に行われたライブでは急遽サポートギタリストを迎えることで出演し、その際の田原の欠席理由はやむを得ず体調不良ということで発表していました。

結成15周年のこの年に、このようなことになるとはメンバー、スタッフともに想像だにしませんでした。
ただ、その状況の中でも、メンバー同士で話し合いを重ね、これからもメンバーはアルカラの音楽を届けたい、届けるしかない、という意志に変わりはありません。よってファンの皆様、関係者の皆様にはご心配をおかけし大変申し訳ございませんが、全国ツアー『KAGEKIにやってくれないかチュアー』を含む、10月27日から開催されるライブはサポートギタリストを迎えて予定通り行わせていただきますことをお知らせいたします。


<稲村太佑のコメント>

今回このような発表をせざるをえない事、さらに皆様に大変ご心配をおかけしている事、とても残念に思っております。
結成当初2003年1月に前ギターの脱退が決まったそのタイミングに、田原から加入希望を受けまして、まさにピンチをチャンスに変えてくれたあの日から約15年間。彼とは苦楽を共にして参りましたし、どんな時も助け合い高め合ってきたので、にわかには信じ難く色々な憶測が飛び交う中、連絡が途絶える直前にも楽曲制作を2人で行っていたため、信じたい気持ちと信じられない気持ちが交差し、直接話がしたいと思いましたが、それは残念ながら叶いませんでした。

彼との活動や彼と制作してきた楽曲たちは間違いなく素晴らしいものであることは変わることなく、これからも今まで以上にその楽曲たちをライブ活動などを通してよりよく育てていき、残された3名でも今まで以上のものを産み出していく、その思いは変わりません。幸い15年の活動を通して、仲間もたくさんでき、困った時にすぐ駆けつけてくれて助けてくれる仲間、応援いただける方もたくさんいて、心強く思いますし、本当にありがたい事だと思っております。感謝しております。

何ヶ月か、もしか何年か。また話ができるようになった時に、この件をきっかけにお互い強くなって、いつか今度は僕自身がピンチをチャンスに変えたでって笑い合える、その日を夢見て精進し続け、邁進し続ける所存です。

これを見てたら伝えたい「お互い気張ってこや、よろしくやで!」

稲村太佑


<下上貴弘のコメント>

みなさまにこの様な形でお知らせをしなければいけなくなってしまった事が、本当に残念です。
この4人でずっとこの先も20.30周年と続いていくものと思っていたので、自分たちとしても青天の霹靂でした。

彼とは約15年の仲でした。
アルカラという、年間200日くらい一緒にいるという特殊な関係の中でも、家族の様な信頼関係があると思っていました。

お互い人見知り同士で、出会った頃22歳くらいの時にどちらからともなく話しかけ、親睦を深め、お互いバンドマンに向いてない性格だなぁなどと言いながら、色んなことに共に立ち向かっていきました。

彼から打ち上げの生き残り方を学びました。
お互いケンカもしたし、刺激を受け共に歩んできた15年でした。

何年か前、メンバーで実家にもお邪魔して、釣りを教えてもらい、ご家族に愛されてる田原を見て、さらに身の引き締まる思いでアルカラに取り組みました。

彼は何時も懐が深く、そこに甘えたりすることもしばしば。
ただ、それが彼の強さであり、弱さでもありました。
しかし、それはそのままアルカラとしての懐の広さや大きさの1つであったと思います。
アルカラの歴史は神戸の3人に島根出身の彼が入ることによって完成されたのは間違いなく、その中で育んだ唯一無二の存在がアルカラそのものでした。

こうなってしまった事は悲しくて仕方がありません。
こうなる前に何かを察知し、行動に移し、彼を導く事が出来たのか?

これはわかりません。
メンバー共々、本当に心苦しく思っているのが現状です。

今までツアーをすべてやりきるという当たり前の事を、当たり前に出来ていた事。
そして今回のこの様な状況でも、周りの人間に恵まれ、サポートギタリスト達の助けによってライブが出来る事を、改めて幸せに感じております。

これまでのアルカラの楽曲たち、そして新しい「KAGEKI」という素晴らしいアルバムは、田原なくしては出来ませんでした。
そこは変わらない事実です。

アルバムの曲をみなさまの元に届ける事、それが田原の意志でもあると信じて、
3人とサポートギタリストと共に、出来得る限りの全力で、ツアー初日の稲毛から駆け抜けて行こうと思います。

10年後、笑って話せるように。
人生はいつだってスタートの日。
そして、またいつかその日が来たら、田原の実家にお邪魔して釣りでも教えてもらいたいです。

下上貴弘


<疋田武史のコメント>

4人でこのままずっとアルカラとして苦楽を共にしていくと信じていたので、今回このような発表をしなければならないこと、本当に残念に思います。

田原がアルカラに加入してくれてからの約15年、年間100本以上のライブを行いながらも、日々の練習や移動など、1年の3分の2はメンバーで過ごし、家族よりも、家族のような関係で過ごしてきました。
家族の1人がいなくなってしまうこと、それはとても悲しく苦しいことではありますが、お互い前を向いて進んでいくしかないと思っています。

彼がいたからこそのアルカラ。
それはこれからも変わることはありません。

それでも、今後は彼とともに育んできた楽曲やライブを3人のメンバーでさらに発展させ、サポートしてくれるギタリストや仲間の力も借り、間もなく始まる全国ツアーからもより良いものを皆様にお届けできればと思っています。

神戸時代、関東遠征に行く前は、田原の家で2人でファミコンをしながら馬鹿話をしたね。
いつかまた、酒を飲みながら馬鹿話ができると信じて。

疋田武史


◆ アルカラオフィシャルサイト ⇒ http://arukara.net