スタン・ゲッツw.アストラッド・ジルベルト & チェット・ベイカー
(Stan Getz with Astrud Gilberto & Chet Baker)

PROFILE

スタン・ゲッツ(1927-1991)は、1947年に始まるウディ・ハーマン楽団時代にフォー・ブラザースのひとりとして一躍人気テナー奏者となり、1950年代ソロ活動時代に入るとその抑制された奏法とイマジナティヴなアドリブで、1950~52年のルースト録音に聴かれる如く、クール・テナーの第一人者となった。その後次第にウォーム度を高めていくが、1960年代に入って一連のボサノヴァ録音やブラジル人アーティストらとの共演を通して、ジャズの世界を超える存在となり、亡くなる1991年まで高水準の演奏で多くのファンから支持された。

アストラッド・ジルベルト(1940 – )はブラジルのバイーヤ州で生まれリオデジャネイロで育ち、1959年にジョアン・ジルベルトと結婚した。1963年にスタン・ゲッツ、ジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビンらと共演したアルバム『ゲッツ/ジルベルト』の中の1曲「イパネマの娘」が、1964年にアストラッドの歌を中心に編集・短縮されてシングル・リリースされると大ヒットして一躍人気シンガーとなり、その後はボサノヴァや米ポピュラー・ソングを英語で歌ったアルバムを続々と発表した。ジョアンとは1964年に離婚している。

チェット・ベイカー(1929 – 1988)はオクラホマ州生まれのトランペッター、ヴォーカリスト。1952年からチャーリー・パーカーのバンドに在籍し、その後ジェリー・マリガンの楽団を経て独立した。その中性的なヴォーカルも人気があり、1954年の「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は代表作。1950年代半ばから人気絶頂にあったが、後半から1960年代にかけてドラッグのために米国内外で逮捕が相次ぎ、キャリアは停滞した。1973年に復活を果たし、1975年頃より活動拠点をヨーロッパに移して活躍した。1988年アムステルダムのホテルで謎の転落死をとげている。