ジャック・ティーガーデンと六重奏団、ザ・ボブキャッツ、ジェス・ステイシー 、ボブ・ハガート、レイ・バデューク、エディ・ミラー
(ジャックティーガーデントロクジュウソウダン ザボブキャッツ ジェスステイシー ボブハガート レイバデューク エディミラー)

PROFILE

ジャック・ティーガーデンと六重奏団 1951年
1905年8月29日、テキサス州ヴァーノンの生まれ。1964年1月15日、ニューオーリンズにて亡くなる。彼はジヤズ史上の巨星の1人だ。その完壁なテクニ ックと個性的な昧によってトロンボーンいう楽器に豊かな音楽性を与え、メロディアスなプレイを演ずることによって、単なるディキシー・アンサンブルの効果を高めるテイルゲート・スタイルから前進させ、20年代後半にはこの楽器をトランペットやクラリネットなどと並ぷ対等のソ口楽器としての地位を与える役割を果たした。また彼の出現はジャズ演奏にソフィスティケーションをもたらし、自然な寛ぎと人間昧豊かな暖かさと親しみの重要性を認識させ、それと共に酒脱な昧の魅力を多くの人々に知らせた。一方彼は素晴らしいジャズ・ボーカリストであった。白人であるにもかかわらず、彼はブルースの真髄をトロンボーンやボーカルで表現 したのである。彼は27年にニューヨークに出で、たちまちその才を認められた。30年代の多くをポール・ホワイトマン楽団で主にダンス音楽を演奏して過ごした。39年になって独立した彼は46年までビッグ・バンドを率いディキシ一風な演奏に力を入れたが、47年からはルイ・アームスト口ンクの要請でそのオール・スターズに参加し、ルイとの名コンビによる名演名唱でファンを酔わせた。その後51年8月に退団したのちは亡くなるまでディキシー演奏を中心としたコンポを率い、59年 1月には我が国にも来演し、オールド・ファンを喜ばせたのも懐かしい思い出となってしまった。

ザ・ボブキャッツ 1951年
ボブキャッツというのは、ビング・クロスビーの実弟であるボブ・クロスビーが35年にリーダーに推され、ベン・ポラック楽団の残党を集めて率いた30年代の人気バンド、ボブ・クロスビー楽団のピック・アップ・メンバーによる「バンドの中のコンポ」である。このバンドはディキシーとスイング・スタイルを融合させ、都会的で洗練されたスイング風ディキシー演奏で大きな人気を得た。このバンドは42年に解散したが、その後もしばしばオリジナル・メンバーを中心とするディキシー・ジャズメンが集まってはリユニオン・バンドを結成し演奏を楽しんだ。