ビル・エヴァンス・イン・ユーゴスラヴィア
(ビル エヴァンス イン ユーゴスラヴィア)

PROFILE

1929年8月16日ニュージャージー州に生まれたモダン・ジャズ界最高のピアニストのひとり。1954年陸軍を除隊後ニューヨークに進出した。1956年初リーダー作『ニュー・ジャズ・コンセプション』(リヴァーサイド)を発表、1958年にマイルス・デイヴィス(tp)のグループに加わりジャズ史上最重要アルバムであるマイルス1959年の『カインド・オブ・ブルー』(コロンビア)にも参加した。この年独立してスコット・ラファロ(b)、ポール・モチアン(ds)と黄金のピアノ・トリオを結成して『ワルツ・フォー・デビー』(リヴァーサイド)ほかの名盤を発表したが、1961年ラファロを交通事故で失い、しばらくは立ち直れなかった。1966年エディ・ゴメスをベーシストに迎え再び上昇気流に乗り、ヴァーヴから多くのアルバムを発表してジャズ・ピアノの第一人者となった。1970年代に入ると長年の麻薬癖や不摂生ほかで体調を崩していった。1980年9月15日ニューヨークの病院で死去。